しいたかブログ

雑文を書き溜めてます

仕事の話

この間の日曜日、後輩の修論提出の慰労会ということで、その後輩と大学の同期2人の4人で国分寺で飲んできた。

それでまぁ色々な話をしてきたのだけど、そこで一番驚いたのは、一緒に飲んでいた同期の一人(僕と同じ業界で働いている)が来春から転職してまったく別業種で働くという話。

とても温厚で人当たりがよい友人で、そういう意味では僕たちの今いる業界にはすごく向いていると思うのだけど、今後の人生のことを考えたら時間的な制約の大きいこの業界にはいられないとのことだった。

僕の業界はたしかに特殊で、平日の勤務時間外はおろか休日すら束縛されることは当たり前で、あらゆる部分で労働基準なんて形骸化された世界になっている。法律で定められた働き方と現場での働き方が昔からねじれたまま放置されてきて、そのねじれのしわ寄せがきているのが今の僕たち。

労働に人生の生きがいを見出すのは良いことだけど(僕はそこにあまり重きを置きたくないけど)、労働はあくまで生活の中の一つの側面。

仕事=人生という思考に陥ると、仕事の行き詰まりが人生の行き詰まりにすり替わり、人生を生きづらくさせる。

本来であれば生活というものの中には食事を楽しんだり、散歩をしたり、カフェで一息ついたり、休日には映画を観たり、テニスを楽しんだりというふうに様々な側面があり、僕たちにはそれらをある程度選択的に享受できる自由があるはず。

でも、僕の業界はそういうところのつり合い(いわゆるワークライフバランス)が完全に崩壊しているおかしさがあり、かといってその「おかしさ」についていけないと「アイツは仕事ができない・やる気がない」というレッテルを貼られる。そして誰だってそんなレッテルを貼られたくないから、現状のおかしさを受け入れてしまっている。

今これを書きながら、フロイトが何かの件で「大多数の人間は正常なのではなく、同じ方向に狂っているだけだ」というようなことを言っていたのを思い出した。

 

この2日間、とある事情で仕事を休んでいたのだけど、読書をしたり料理をしたりして精神的な健康を取り戻した。一週間のなかにはこういう日があたり前のように存在しないといけない。