しいたかブログ

雑文を書き溜めてます

ピーター

今週は夜でも暖かくて気持ちよくランニングができている。

一昨日と昨日は雨が降っていたから走れなかったけど、今日は約3キロ走った。

 今日は村上春樹の『うずまき猫のみつけかた』というエッセイを読み終わった。

ラソンの体験談を読んでやる気が出たんだけど、猫の話(特にピーターの話)も良かった。

ああいう人間と猫の関係っていいな。憧れる。

今日からまた頑張ります

この間、僕がマラソンを始めたきっかけにしてバイブルにもなっている、村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』を読み返していたら、こんな一節が目に飛び込んできた。

 たとえ絶対的な練習量は落としても、休みは二日続けないというのが、走り込み期間における基本的ルールだ。筋肉は覚えの良い使役動物に似ている。注意深く段階的に負荷をかけていけば、筋肉はそれに耐えられるように自然に適応していく。「これだけの仕事をやってもらわなくては困るんだよ」と実例を示しながら繰り返して説得すれば、 相手も「ようがす」とその要求に合わせて徐々に力をつけていく。もちろん時間はかかる。無理にこきつかえば故障してしまう。しかし時間さえかけてやれば、そして段階的 にものごとを進めていけば、文句も言わず(ときどきむずかしい顔はするが)、我慢強く、それなりに従順に強度を高めていく。「これだけの作業をこなさなくちゃいけないんだ」という記憶が、反復によって筋肉にインプットされていくわけだ。我々の筋肉はずいぶん律義なパーソナリティーの持ち主なのだ。こちらが正しい手順さえ踏めば、文句は言わない。
 しかし負荷が何日か続けてかからないでいると、「あれ、もうあそこまでがんばる必要はなくなったんだな。あーよかった」と自動的に筋肉は判断して、限界値を落としていく。筋肉だって生身の動物と同じで、できれば楽をして暮らしたいと思っているから、 負荷が与えられなくなれば、安心して記憶を解除していく。そしていったん解除された 記憶をインプットしなおすには、もう一度同じ行程を頭から繰り返さなくてはならない。もちろん息抜きは必要だ。しかしレースを目前に控えたこの重要な時期には、筋肉に対してしっかりと引導を渡しておく必要がある。「これは生半可なことじゃないんだからな」という曇りのないメッセージを相手に伝えておかなくてはならない。パンクしない程度に、しかし容赦のない緊張関係を維持しておかなくてはならない。このへんの駆け引きは、経験を積んだランナーならみんな自然に心得ている。

この文章に啓発されて、最近ずっと平日のランニングをサボっていたけれどちゃんと走らないと駄目だなと気持ちを入れ直し、また今晩は暖かかったから、久しぶりに平日夜に2キロ走った。 

ほんの少しのランニングでもいいし、なんならウォーキングでもいいから、とにかくまずは運動を習慣化させるために頑張ろう。

ちなみに、村上春樹は一ヶ月に300キロほど走るらしい。本当に尊敬する。

「ステップフォード・ワイフ」

6本目。

大学院の頃に表象文化論の授業で観た映画なんだけど、ふと思い出したのでまた観た。

表象文化論といっても、その授業は映画を観ること自体が目的ではなく、文化としてのファッションを考察するもので、ファッションとの関わりの中で映画も観ていた。

授業では「ステップフォード・ワイフ」の他には「イージー・ライダー」も観た。

イージー・ライダー」に関しては、僕が授業内でその名前を出したから視聴したもので、あるとき先生が「ファッションが効果的に使われている映画と聞いて何か思い浮かびますか」と質問して、先生に指名された僕が「イージー・ライダー」と答えたら、せっかくだからみんなで授業で観ようということになった。

受講者がほとんど女の子の授業だったんだけど、「ステップフォード・ワイフ」のときとは打って変わって、「イージー・ライダー」はみんなつまらなそうに観てたのを覚えている。僕は好きな映画の一つなんだけど。

大学院に行って良かったことの一つは、ファッションを消費するものではなく文化として捉える考え方が培われたことで、当時は自分でファッションに関する本(千村典生のものとか)を買ったり、新宿の文化学園大学で行われたファッションの展覧会(卒業制作展?忘れた)を見に行ったりしていた。